東野土居遺跡
東野土居遺跡は平成元年に実施された分布調査で確認されていた遺跡で、平成20年度の試掘調査によって遺跡の範囲は拡大されました。弥生時代から近世にかけての遺構・遺物が確認される複合遺跡で、発掘調査は平成21〜23年まで実施されました。
当遺跡は香宗川(こうそうがわ)右岸に広がる古期扇状地(せんじょうち)である野市台地上に立地しており、遺跡の範囲は東西約1,150m、南北約380mを測ります。弥生時代では調査対象区域東部において弥生時代後期から古墳時代前期及び古墳時代後期の竪穴建物跡が100軒以上確認されており、当該期には大規模な集落が存在していたことが明らかとなっています。また、弥生時代終末から古墳時代初頭の竪穴建物跡からは山陰や畿内からの搬入品が出土しており、各地域と繋がりを持った集落であったと考えられます。
古代では調査対象区域東部で掘立柱建物跡群が確認されており、7世紀代と考えられる瓦当(がとう)なども出土していることから当時の役所や寺院に関連する施設があった可能性が考えられます。また、中世では調査対象区域中央部から東部にかけて一辺約35~55mを測る16区画の屋敷跡や幅4~5m、深さ2mを測る堀に囲まれた一辺約80m、敷地面積が2,000㎡を超える屋敷跡などが確認されています。これらの屋敷群は出土する遺物からみて、概ね14〜16世紀にかけて存在していたものと考えられます。
近世では調査対象区域西部で溝に囲まれた屋敷跡が確認されており、区画溝とみられる溝跡からは18世紀と考えられる陶磁器が出土しています。区画外には掘立柱建物跡は確認されていないことから、居住域が明確に区分けされていたと考えられ、集落の周囲に畑などが広がる当時の村落形態が想像されます。